アイ・ピース(I Peace)の田邊剛士および、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の信田広子研究員(現ラトガース大学助教授)は、皮膚繊維芽細胞に4つの遺伝子を導入することで、オリゴデンドロサイト前駆細胞に直接的に短期間で変換するダイレクトリプログラミングに成功しました。この研究は、スタンフォード大学ワーニグ教授、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のロウィッチ教授らと共同でおこなわれたものです。この研究成果は学術誌Developmentオンライン版に6月24日掲載されました。
オリゴデドロサイトは神経細胞の軸索に髄鞘(myelin:ミエリン)を形成する細胞で、神経を囲む絶縁体の役割を果たし、電気信号が流れる速度を加速します。オリゴデンドロサイトの異常は大脳白質萎縮症を引き起こします。その病態解明・創薬や移植医療には多くのオリゴデンドロサイトの作製が必要です。これまで行われてきたヒトiPS細胞やES細胞からオリゴデドロサイトへの分化誘導による作製は分化誘導効率が悪く、また分化誘導には長い時間を要します。そのため移植医療や病態解明には高額の費用が必要で早期治療法開発ならびに創薬の妨げとなっていました。加えて、移植医療には未分化細胞の混入による腫瘍形成の可能性などの問題がありました。
今回、我々は皮膚の細胞から幹細胞状態を経ることなくオリゴデンドロサイト前駆細胞への変換に成功しました。驚くことに、皮膚から直接作製されたオリゴデンドロサイト前駆細胞は試験管内においても、マウスの脳に移植後においても、機能的なオリゴデンドロサイトに終末分化し、神経細胞に巻き付きミエリン鞘を形成しました。さらに先天性髄鞘形成不全症の一種ペリツェウス・メルツバッハー病(PMD)の患者由来の皮膚の細胞から作製したオリゴデンドロサイト前駆細胞を用いて試験管内で病態の再現に成功しました。PMDは小児に発症する発達障害で、オリゴデンドロサイト特異的に発現する遺伝子PLP1の異常によりおこります。遺伝子の異常により分化中のオリゴデンドロサイトが脳内で死滅し、髄鞘形成を妨げることがわかっています。現時点において、運動障害、痙性麻痺、てんかんなどの症状に対する緩和治療しかなく、根本的な治療法はありません。今回、成功したダイレクトリプログラミングでは大幅に短縮された作製時間内で病態の再現に成功したことから、今後の創薬開発加速が期待されます。
また今回作成に成功したオリゴデンドロサイト前駆細胞は移植後マウスの脳に生着し神経細胞に巻き付くことが証明されたことから、他の先天性髄鞘形成不全症や効果的な治療法に乏しい髄鞘疾患(多発性硬化症、視神経脊髄炎など)の移植再生医療への技術応用が期待されます。
学術誌Developmentに掲載された論文へのリンクは次の通りです。
信田広子研究員は2020年9月よりニュージャージー州ラトガース大学で研究室を立ち上げ、ダイレクトリプログラミングで作成したオリゴデンドロサイトを用いた髄鞘疾患の創薬、再生研究に取り組んでいます。