2017年にはiPS細胞由来の網膜色素上皮細胞を移植する臨床研究が始まり、2018年にはパーキンソン病の患者さんにiPS細胞由来のドパミン神経細胞を移植する治験が開始されました。また、同じ年に重症虚血性心筋症の患者さんにiPS細胞由来の心筋細胞シートを移植する臨床研究も始まり、2019年には脊髄損傷の患者さんにiPS細胞由来の神経前駆細胞を移植する臨床研究計画が厚生労働省によって承認されています。それ以外にも、糖尿病、角膜疾患、脳梗塞、さらには肝臓や腎臓の疾患への応用も研究が進められています。
また、注目を集めるがんの治療研究の一つとしてCAR-T細胞療法の研究が進められています。これはがん患者自身のT細胞と呼ばれる免疫細胞を取り出して改変・増殖させ、体内に戻したうえでがん細胞を攻撃するように仕向ける治療法です。疾患を再現するツールとしてのiPS細胞という観点では、病気のメカニズムの研究や新薬の開発にiPS細胞を利用することは、非常に有益な点が2つあります。一つは、人間の細胞を使って調べることが可能になること。もう一つはiPS細胞は無限に増殖することが出来るので、研究に必要な細胞をいくらでも得ることが出来るということです。研究者が病気の原因について調べ新薬を開発する際、患者さんから研究用のサンプルとして細胞等を採取することがあります。一回の採取で得られる細胞数は限られていますので、当然実行できる実験の数にも制限があります。研究の現場では、数えきれないほどのトライアンドエラーを繰り返してようやく原因を突き止め、効果のある薬が見つかるのです。つまり、研究には相当な量の細胞が必要となります。しかし、サンプルの採取は少なからず患者さんの負担になる為、何度も行うことは叶いません。実験動物を使う手法も一般的ではありますが、動物は人間とは異なる為動物実験で効果があった医薬品候補物質が人間では全く効果が見られなかったとう例も少なくありません。患者さん由来のiPS細胞から作った細胞と動物実験をうまく組み合わせて研究することで、短期間で効率的に新薬を開発することが出来る上、より正確に薬の効能を評価することが可能になります。さらに、薬は遺伝的背景や環境要因の違いなどにより個々人ごとに効き目や副作用が異なることがあるので、患者さん自身の細胞から作ったiPS細胞を利用することにより、個々人に最適な薬を見つけ出す個別化医療も夢ではなくなります。とくに患者数の少ない難病の治療薬は開発コストの大幅な上昇が懸念されていますが、iPS細胞の活用によるコスト低減効果は非常に大きいと考えます。