ES/iPS細胞からヒト胚の統合モデルを作ることに成功

(論文の意義)
Yuらと、Liuらの2つの研究グループが、培養細胞からヒトの胚盤胞に似た三次元構造(ブラストイド)を作ることに成功し、Nature誌に論文が掲載されました。胚盤胞とは、胚の発生初期に形成される球状の細胞塊のことを言います。胚盤胞のモデルはヒトの発生学を研究する上で必要で、ヒトの初期発生を正しく理解することは、生殖補助医療技術を向上させ、流産や先天性疾患を防ぐことにつながります。

(ヒトの初期発生)
受精後数日すると、受精卵は胚盤胞を形成します。胚盤胞は栄養外胚葉と呼ばれる外側の細胞層と、内部細胞塊という細胞で構成されていて、内部細胞塊を含む空洞を栄養外胚葉が取り囲んでいます。胚盤胞の発育に伴い、内部細胞塊は胚盤葉上層と胚盤葉下層という2つの細胞集団に分かれます。胚盤胞が子宮に着床すると、胚盤葉上層の細胞が胎児になる3つの細胞層(外胚葉・中胚葉・内胚葉)を形成する「原腸形成」と呼ばれる現象が起きます。栄養外胚葉は胎盤の大部分を形成し、胚盤葉下層は卵黄嚢と呼ばれる構造物の一部の層を形成します。着床前の内部細胞塊と、着床後の胚盤葉上層は、体の全ての細胞を作る能力を持つ多能性幹細胞です。

(ヒトの初期発生に関する研究)
初期発生に関する研究の課題として、ヒト胚の入手が困難であることや、倫理的・法的制約の対象であることなどがあります。そこで、試験管内で培養した細胞を用いて哺乳類の胚モデルを作る技術の開発が進められてきました。これまでのヒトの初期発生モデルでは、着床後・原腸形成前の胚盤葉上層の細胞に似た幹細胞を用いていたため、着床後のヒトの発生をある程度再現することはできましたが、栄養外胚葉や胚盤葉下層に関連する細胞が欠如していました。

(研究1:胚性幹細胞またはiPS細胞を用いたブラストイドの生成)
Yuらは、ブラストイドを生成するために、胚盤胞由来のヒト胚性幹細胞、または成人の細胞から作られたiPS細胞を用いました。これらの細胞は発生学的に胚盤葉上層に似ていました。そして、これらの細胞を3次元培養皿に入れ、2種類の異なる培養液で細胞を処理することで、胚盤葉上層の特性を持ち、栄養外胚葉と胚盤葉下層の細胞に分化することができるブラストイドを作ることに成功しました。

(研究2:リプログラミングした線維芽細胞を用いたブラストイドの生成)
Liuらは、線維芽細胞という成人の皮膚細胞をリプログラミング(初期化)して、胚盤葉上層、栄養外胚葉、胚盤葉下層に似た遺伝子発現を持つ細胞がミックスされた細胞集団を作製しました。そして、この細胞を3次元培養皿で培養し、ブラストイドを生成しました。

(研究1と研究2で生成されたブラストイドの特性)
両グループともに、6-8日の培養によってブラストイドが最大約20%の効率で生成されました。ブラストイドはヒトの胚盤胞と同じようなサイズと形をしていて、細胞総数も同程度でした。また、ブラストイド内に胚盤胞で見られる内部細胞塊様の細胞塊と、空洞を認めました。

ブラストイドの詳細な解析により、ブラストイドの細胞系譜が着床前のヒト胚盤胞の細胞系譜と分子的に類似していることが分かりました。(細胞系譜とは、一つの受精卵が成体になるまでの細胞の系図のことを言います。)また、ブラストイドが、胚盤胞の細胞系譜の主要な特性を持っていることも明らかになりました。これはつまり、ブラストイドから分離した細胞を用いて様々な種類の幹細胞を作ることが可能であるということを意味します。

次に、子宮への着床を模倣する実験が培養皿の中で行われました。ブラストイドを4-5日間培養すると、一部のブラストイドは培養皿に付着して成長し続けました。付着したブラストイドの一部では胚盤葉上層の代わりになる細胞から、空洞を囲むような構造が作られました。この空洞は、着床後の胚盤葉上層に形成される羊膜前腔に似ています。また、いくつかのブラストイドでは、栄養外胚葉に関連した細胞が胎盤に特化した細胞に分化する徴候が見られました。Yuらは、一部のブラストイドにおいて、胚盤葉下層に関連した細胞が卵黄嚢腔に似た2つ目の空洞を形成したと報告しています。

この2つの研究によって、ヒトのブラストイドが、着床前および着床後早期の胚盤胞の発生を生体外で再現するための貴重なモデルであることが示されました。

(研究者の方向け 追加詳細情報)
着床後早期のブラストイドにおいて、胚盤葉上層、胚盤葉下層、栄養外胚葉に関連する細胞への分化が見られましたが、着床後のブラストイドの成長は限られていました。ブラストイドを生体内の14日相当まで培養するためには、培養プロトコールをさらに最適化する必要があります。現在、14日を超えてヒト胚を培養することは倫理上の問題で国際的に禁止されています(14日ルール)。ブラストイドについてもこのルールが適応されるのかどうかは今後研究を進める上で非常に重要な問題です。幹細胞研究が急速に進んでいることを受け、国際幹細胞学会(International Society for Stem Cell Research:ISSCR)は2021年5月に「Guidelines for Stem Cell Research and Clinical Translation」を更新します。この中で、幹細胞を用いた胚モデルの指針についても言及される予定です 。


出典:https://www.isscr.org/news-publicationsss/isscr-news-articles/article-listing/2021/03/17/isscr-will-release-updated-guidelines-for-stem-cell-research-and-clinical-translation-in-may

論文タイトル:First complete model of the human embryo
著者:Yi Zheng & Jianping Fu

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