(論文の意義)
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)とスタンフォード大学の研究グループは、iPS細胞由来の人工培養脳を最長20ヶ月間培養し、人工培養脳がヒトの脳の発達と非常によく似た方法で成熟することを発見しました。人工培養脳の長期培養は難しいため、これほど長期間培養して培養脳の特性を調べた研究は今までありませんでした。また、生体外でヒトの脳の発達をほぼ再現できたのはこの研究が初めてで、今後様々な脳疾患の原因を解明するための研究や創薬に関する研究を生体外で行えるようにする上で非常に重要な成果です。
(脳オルガノイドの研究)
iPS細胞を特殊な化学物質にさらして、適切な条件を整えると、脳の発達のいくつかの側面を忠実に再現した三次元の人工培養脳を作り出すことができます。この人工培養された三次元の脳を「脳オルガノイド」と言い、脳疾患の理解を深めるための貴重な実験材料となっています。数年前から、てんかん、自閉症、統合失調症などの神経疾患や神経発達障害を研究するために、ヒト脳オルガノイドの開発が進められてきました。しかし、脳オルガノイドの成長が、胎児期に見られる発達段階で止まってしまうことが課題でした。脳オルガノイドを成熟させることができれば、統合失調症や認知症など成人発症の病気の研究にも役立つはずです。
(今回の研究)
研究チームは、ヒトiPS細胞から背側前脳オルガノイドを作って、最長20カ月間培養しました。そして、経時的にサンプルを採取し、遺伝子を分析しました。
DNAのメチル化レベルを調べることで、細胞の生物学的な年齢を予測することができるため、脳オルガノイドのDNAメチル化を調べました。その結果、脳オルガノイドの培養時間と、メチル化レベルによる予測年齢との間には相関関係が認められ、脳オルガノイドが時間経過とともに成熟していくことが確認されました。
次に、脳オルガノイドの成熟過程における遺伝子発現の変化を調べて、ヒトの脳の発達過程で見られる変化と比較しました。すると、オルガノイドを培養してから250日目までは出生前の特徴が観察され、250-300日目までは出生前と出生後の両方の特徴を示し、300日目以降は出生後の特徴が見られることが分かりました。この結果より、培養後250-300日(8-10ヶ月)頃に脳オルガノイドは胎児の脳から乳児の脳へ移行することが示唆されました。
脳の発達において、出生前の段階から出生後の段階へ移行する際の特徴として、ヒストン脱アセチル化酵素複合体やNMDA受容体を構成するタンパク質の入れ替えがあります。脳オルガノイドにおいても、このタンパク質の入れ替えが、胎児の脳から乳児の脳に移行すると予測される時期(培養後250-300日目)に観察されました。
この研究によって、ヒトの成長スケジュールと同期した体内時計に従って、脳オルガノイドが成熟していくことが示されました。今回の研究では背側前脳オルガノイドが作成されましたが、背側前脳以外の細胞(腹側前脳由来のGABAニューロンなど)が、背側前脳オルガノイドの成熟に影響を与えている可能性も考えられるため、さらに追加の調査が必要です。研究が進めば、将来的に脳オルガノイドを移植医療に使えるようになるかもしれません。
(研究者の方向け 追加詳細情報)
今回の研究で得られた遺伝子発現データに、自閉症、統合失調症、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病などの脳疾患に関連するリスク遺伝子をマッピングし、リスク遺伝子に特定の発現パターンがあるのかを調べました。すると、それぞれのリスク遺伝子の発現パターンは、脳オルガノイドの分化時期によって異なることが分かりました。この結果は、特定の疾患モデルを脳オルガノイドから作製する際に、適切な分化時期を選択するための指標になります。さらに、脳オルガノイドと生体内の脳の遺伝子の軌跡を同時に調べることができるGECOというツールを研究チームは提供しています。(https://labs.dgsom.ucla.edu/geschwind/files/view/html/GECO.html)。
論文タイトル:Long-term maturation of human cortical organoids matches key early postnatal transitions