(研究の意義)
アリゾナ大学Sarver Heart CenterのSteven Goldman教授らのチームは、ヒトiPS細胞由来心筋細胞と新生児繊維芽細胞を用いた、慢性心不全治療用のパッチを開発しました。そして、このパッチを心不全モデルのラットに移植して、治療の有効性を確認しました。このパッチは丈夫で扱いやすく、生体に吸収される特性があり、今後臨床での応用が期待されます。
(心不全の従来の治療法)
心臓は収縮と拡張を繰り返すことで全身に血液を送り出すポンプの働きをしています。このポンプ機能が障害されて心不全になると、息切れやむくみなどの症状を生じます。心不全の主な治療は薬物治療ですが、病状が進行すると薬物治療では効果が得られなくなっていきます。そのため、末期心不全の治療は、心臓の代わりにポンプの働きをする機器(補助人工心臓)を使うか、心臓移植を待つしかありません。
(iPS細胞由来心筋細胞の移植)
心臓はそのほとんどが心筋と呼ばれる筋肉で作られています。iPS細胞由来心筋細胞を移植することによって、心不全患者さんの心機能を回復できるのではないかと期待されています。しかし、これまでの臨床試験によって、細胞移植の安全性は確認されていますが、有効性については限定的でした。細胞を注射して移植する方法では、細胞が移植に耐えられない可能性があるため、他の方法で細胞を移植する必要がありました。
(今回の研究)
研究チームは先ず、生体吸収性の丈夫な糸を編み込んで作った網目状シートに、ヒト新生児線維芽細胞とヒトiPS細胞由来心筋細胞を埋め込み、iPS細胞由来心筋細胞パッチを作製しました。線維芽細胞は血管新生を誘導する増殖因子を分泌することで、心筋の血流を増やす効果があり、iPS細胞の足場としての働きもします。
心臓には、収縮のタイミングをコントロールしている電気系統があり、心筋細胞を介して電気信号を伝えます。作製したパッチは個々の細胞レベルで、またパッチ全体として収縮し、36±5回/分の速さで電気刺激なしに自発的に同期して拍動することが分かりました。さらに、電気刺激を加えた場合は刺激に合わせて収縮することも確認されました。。
次に、ラットの左冠動脈をしばって心筋への血流を遮断する手術を行い、人工的に心筋梗塞を起こして心不全モデルを作りました。冠動脈は心筋に酸素と栄養を運ぶ血管で、梗塞した血管周囲の心筋は死んでしまうため、心不全を引き起こします。この手術の3週間後、梗塞した部分にパッチを移植する手術が行われました。
移植の3週間後に心エコー検査を行ったところ、心不全モデルでは心臓に拡張機能障害を生じ、梗塞した部分の心臓の壁の厚さは薄くなっていました。これに対して移植をしたラットでは、心臓の拡張機能障害が改善し、移植した部分の心筋の厚みも増加していました。
梗塞した心筋では、心筋が収縮するための電気信号が伝わりにくくなるため、致死的不整脈を生じやすくなります。しかし、移植をしたラットでは、ラットの心筋と一致した電気信号がパッチを伝わって広がることが分かりました。また、移植をしたラットに不整脈は認めませんでした。
これらの結果より、心不全モデルラットにiPS細胞由来心筋細胞と線維芽細胞のパッチを移植することで、心臓の拡張機能障害を改善し、電気信号の伝導を増強することが確認されました。
(研究者の方向け 追加詳細情報)
パッチの移植後21日目には、梗塞していた部分の心筋細胞密度が増加していました。その一方で、移植したiPS由来心筋細胞は、7日目には生存していたものの、21日目には確認できませんでした。パッチを移植したラットでは、インスリン増殖因子1や、血管内皮増殖因子、アンジオポエチン1、コネキシン43、βミオシン重鎖7などの遺伝子発現が有意に増加していました。これらのサイトカインによって、心筋が維持もしくは再生されたのではないかと考えられます。
論文タイトル:“Human Induced Pluripotent Stem Cell–Derived Cardiomyocyte Patch in Rats With Heart Failure”
著者:Jordan J. Lancaster, PhD, Pablo Sanchez, MD, Giuliana G. Repetti, BA,Elizabeth Juneman, MD, Amitabh C. Pandey, MD, Ikeotunye R. Chinyere, BS, Talal Moukabary, MD, Nicole LaHood, MD, Sherry L. Daugherty, BS, and Steven Goldman, MD